ばったすいみんぐすくーる

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『ミッドナイト・イン・パリ』レビュー

◆評  価   7.0点
◆おススメ度  B(過大評価はしない方がいい)

ウディ・アレン監督作品については9割程度を見ている。
ウディ・アレン監督作品の中では絶賛されるまでの高レベルの作品とは思えなかったが、確かにロマンティックな良作には仕上がっている。
評判の高かった作品であり、かなりの期待をしていたが、自分がパリへの憧れというものがほとんどないためか、がっつりとハマることはなかった。
出演している有名人も名前は聞いたことがある程度ということも痛かったか。
良作ではあると思うが、過去の有名人との架空の会話は興味深いところはあるものの、ストーリーが大きくは膨らんでこない点が気になるところである。

しかしながら、1920年代にタイムスリップしておきながら、さらに過去にタイムスリップしていく辺りがウディ・アレン監督の上手さを感じさせられる。
その過程において、憧れの“過去”に対して、男性と女性との違いのようなものが見えてきて面白い。
男性は“過去”には行きたいとは思うが、旅行感覚であり、そこに長く留まって、住みたいとは思わないようだ。
一方、女性は“現在”を捨て去り、“過去”に留まることを選んでいる。
男性には、憧れを抱くとともに、憧れだけでは生きられない現実的な部分を抱いていることを垣間見せている。
憧れに対して完全に逃避することはできない“生々しい”感覚が観客にも響くだろう。

ただ、このタイムスリップを通して、“現実的な”男性にも大きな影響を与えたことも面白さの一つである。
憧れの“過去”に留まるという決断はしなかったが、憧れの“パリ”に住むという決断を下している。
現実的な“映画の脚本家”という道もあったが、もう一歩進んだ憧れの“小説家”という道を進んでいる。
現実的な“美人の婚約者”という道もあったが、もう一歩進んだ“美人ではないが話の合うパリ女性”という道を進んでいる。

“現実”を捨て去り、憧れの“過去”に留まるということは現実的にはできないが、憧れのために現実的な一歩を進むことは可能ということをウディ・アレンは伝えたいように感じられる。
住み慣れたニューヨークを恐らく離れたくなかったであろうウディ・アレンがニューヨークから離れてヨーロッパに向かったことで得られた一つの教訓といえるのかもしれない。
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テーマ:映画レビュー - ジャンル:映画

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