◆おススメ度 B−(普通の日本人が見てもピンとはこないだろう)
傑作「ブラッドシンプル」のような張り詰めた緊張感が漂う高次元のサスペンスを期待していたが、本作は「ファーゴ」のようにどこが良いのかよく分からないコーエン兄弟らしい作品となっている。
本作を観て「アカデミー賞作品賞にまさにふさわしい」「これは傑作だ」と思う日本人は少ないだろう。
正直言って、鑑賞中はまったく良さはよく分からなかったが、観終わった後はなんとなくこれは良い映画なのかもしれないとも感じられた。
ピンとこない理由はきちんとある。
本作の正式タイトルは「ノーカントリー・フォー・オールドメン」である。
訳すと“年寄りが住む国はない”という意味になるだろうか。
本作が描かれているのは、残虐極まりない“異常性”だ。
金と麻薬のために平気で人を殺し合う世界、留まるところを知らない暴力の連鎖、暴力でしか何事も解決できない世界が描かれている。
「こんな暴力が溢れる異常な国に年寄りが住めるわけない」という嘆きが、トミー・リー・ジョーンズから伝わってくる。これが本作の趣旨ではないか。
描かれているのは、まさにアメリカそのもの異常性であり、本作は自分の国アメリカを憂いている映画だ。
そのため、日本人にはピンとこない作品なのではないか。
金と麻薬のために平気で人を殺すような異常な人々が周囲にいたとすれば、本作を観て感じるところは多いだろうが、嬉しいことに日本にはまだそのような“異常性”は日常的ではない。
本作の良さがまったく分からなくても、特に問題はないだろう。
それだけ日本は平和だということだ。
また、最後に生き残った人物は誰だったかを考えるとさらに味わい深いものとなる。
人の心を失い、自分の傷の痛みさえも感じることができなくなった人物が最後まで生き残っている。
大金を奪ったモスが狙われることになるきっかけが「死にそうなメキシコ人に水をあげよう」としたからだったはずであり、まさに人間の心をもった者がモスでもある。
人を助けようとしたら狙われるような世界なのである。
この国で最後まで生き残るためには、人間の心を失った者でないといけないという嘆きが聞こえてくる。
彼は死にそうになっても、誰かに助けを求めるわけでもなく、最後には二人の少年に対して、金をやるから「シャツをくれ!」と言う人物だ。
ここでも、何事も金で解決できると思っているアメリカ社会を批判している気がする。
最後もなかなか秀逸な構造だ。
その金を巡って、もう一人の少年が「半分よこせ!」と言い放っている。
彼らには銃がないから、その金を巡って撃ち合いにはならないが、銃を持っている大人同士ならばその理不尽な理由で手に入れた大金を巡って撃ち合いをするだろう。
冒頭の惨劇が思い出される構図となっている。
あの少年たちの未来も見えてくるのではないか。
また、彼が家畜屠殺用のエアガンを使うのにも意図が込められていると思う。
それは、彼は人間を人間として扱うのではなく、人間を家畜や動物のようにしか思っていないということの表れなのだろう。
彼と世間話をしようとしてもまるで会話にならず、人の運命をゲームのようにコインで決めるような人間だ。
そんな異常な人間がどんどんと増えていったら、この国はどうなってしまうかという想いが込められているような気がする。
アメリカではたいへん評価される作品なのだろう。
あと数回観れば、もっと理解できるかもしれないが、初見ではその良さを上手く理解できなかったというのが正直なところだ。

